2014年4月12日土曜日

わが身世にふる ながめせしまに



山里の小路からすこし中へ入った小さな寺に、訪ねる人も無く風に揺られながらひっそりと咲いていました。 

 去年(こぞ)の春 逢へりし君に 恋ひにてし  桜の花は 迎へけらしも 
   若宮 年魚麿 (わかみやの あゆまろ)   万葉集 


15 件のコメント:

  1. 皆様、こんにちわ。 いつも訪問頂き、ありがとうございます。
    今年の桜は、前半はあまり天気に恵まれませんでしたが、後半は撮影チャンスが多かったように感じました。
    あいにく遠出は出来ませんが、近場や身の回りで出会ったものを有り難く撮影している今日この頃です。

    三月になってからIXY DIGITAL Lという11年前に発売された、ちっちゃな手のひらサイズのカメラを発見しました。
    中古ですがわずか一台千円でしたので、LとL2の2機種を3台も買ってしまいました。  意外にこれがシャープな写りで、色彩の描写も鮮やかなのに驚いています。
    また、常時持ち歩けるので身近な景色や物まで、何でも撮りまくってストレス解消?に貢献してくれています。 最近、私のブログに掲載しているものは、この中古で撮ったものです。

    PICASAウェブアルバムにいくつかアップロードしていますので、よろしかったらのぞいてみてください。 手前味噌でたいへん恐縮です。
    https://picasaweb.google.com/102572947057555291743/ScrapbookPhotos#

    思わぬ出逢いが、身の回りの被写体発見を促してくれました。


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  2. Wasze wiśnie nie mają równych na świecie, głównie przez to, że w Japonii ich się tak nie podcina. Na dodatek traktujecie je jako dobro narodowe i wizytówkę oraz symbol kraju a nie jako drzewo urodzajne. Niestety w Polsce nie czcimy wiśni. Moja córka pisze, że macie nawet święto wiśni. To piękne. Lubię szacunek składany przyrodzie.
    Pozdrawiam.

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  3. かなり年月の経った桜でしょうか。一本だけ静かに、堂々とたたずんでいる様子が好きです。

    一台千円ですか?一万円のお間違いでは!??コンパクトカメラは常時持ち歩けるのが魅力ですね。被写体は身近なところにあふれていると思いますが、それはコンパクトカメラを手にして、始めて出会える世界かもしれません。先日友人のグループ写真展にでかけました。そこに写真の先生がおられて、”街の中ではカメラ設定をオートにして
    出来るだけシャッターをきりなさい”というアドバイスをいただきました。重いカメラでは中々そのようにいかないのですが・・・
    ピカサ写真見せて頂きました。光りと影を見事にとらえた写真です。白、黒の水道とホースの写真特に好きです。また訪問させて頂きます!ありがとうございました。

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    1. この枝垂れ桜は、おおよそ50年くらいのようです。 剪定されていないおかげで、はなびらのマクロも背伸びせず目の前で楽に撮れます。誰もいないので一時間以上も近寄ったり離れたりして撮りまくってしまいました。桜は静かなところで落ち着いて見物するのが一番です。

      拙作ご覧いただき恐れ入ります。 いろんな対象を気軽に撮るのは楽しく、気分もすっきりします。 ひと月で一台あたり三千枚、三台で一万枚程も撮ってしまいました。 11年前の中古とは思えないほど頑丈です。

      とはいえ、快晴時、そして低感度(ISO50、露出補正-2/3)の設定条件で撮らないとまともな描写では写りません。
      しかも、単焦点レンズなのでくっきり写るのはいいのですが、手振れ機能が無いので歩留まりはとても少ないです。 ズームが出来無いので自分自身が動き回らないといけません。盆栽梅のマクロは、外にシートを広げて寝転びながら下から青空に向けて花を撮りました。
      ただ、ピッタリと決まったら「千円」とは思えないような描写をしてくれます。

      考えてみると、このようにカメラの「制約」が多い方が、むしろ人間の「創造本能」が触発されるような気がします。便利機能が沢山あると、感性の方は鈍っていくような・・・。
      今から振り返ると不便だったフィルム時代の写真が、なんだかよく撮れていたりします。 当時は、一枚一枚に対する思い入れが濃厚にあり、その「気持ち」が撮影に込められていたのかもしれません。 不便なこのオールドカメラを使いながら、いろいろと考えさせられました。

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    2. 返信有難うございます。私も剪定されていない自然の桜を撮るのが好きです。昨年京都の和束では力強い自然の桜に出あいました。家の近くにも野放しの桜が元気に咲ています。でもとても難しいなと感じています。一本の木にもっとむかい会うことが大切なのですね。

      カメラのことがよく分からなかった数年前でしたら、Rumaさんが今おっしゃってることはチンプンカンプンだったと思います。でも今はよく分かるような気がします。
      カメラの性能が抜群によくなり、賢いカメラのおかげで撮影出来ています。いつかカメラよりもっと賢くなって自分の目で撮れる日がくるようにしたいです。

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  4. This is such a gorgeous beautiful fantastic tree - magnificent! I want to live in it! :-)
    Utterly perfect photograph too!

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  5. 眩いばかりの美しさにクラクラとなりそうです。夜の姿は妖艶だろうと想像します。樹齢何年でしょうか?

    一台1000円とは! 3歳孫への誕生日祝いのフィッシャープライスのデジカメよりもずっと買いやすいです。おもちゃの方はどんなに乱暴に扱っても落としても丈夫なのが取り柄、とても喜んでくれて、寝るときも一緒、布団のなかでもカシャッという音がしていました。でもやはり大人のものに興味があるようなので、あと2~3年したら中古店で1000円カメラを探してやろうと思います。

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    1. この桜の樹齢は約50年ほど経っているようです。 辺鄙な場所で見物客がいないので、ライトアップされず夜桜が見られません。 とても残念です。 

      フィッシャープライスのデジカメは、すごく可愛らしいデザインですね。 お孫さんもさぞかしお喜びのことでしょう。 きっと色んな被写体に目を向け、興味も沸いていかれると思います。 素敵なプレゼントです。

      お近くにハードオフのお店があれば、時々掘り出し物があるかもしれません。 子供の上達は、すごく早いです。

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  6. これだけ立派なさくらなら、きっとファンがいるとおもうのですが。お寺と共の佇まいが、とてもいい雰囲気です。
    1000円のカメラでも、とても、はっきり、きれいに撮れるんですね。お値段でなく、腕なんですね。
    Have a nice weekend!

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    1. ちょっと歩けば、思わぬ名所にも出会えるものです。 灯台もと暗し、ですね。 見つけようと思えば、素敵な被写体との遭遇にはきりがないのかもしれません。

      デジカメしか持てませんが、もう少しいいものをと思っていたはずが、いつの間にか大昔のカメラを手にしていました。 
      この小さくてスクエアなデザインに惹かれてしまいました。 今はもうこのような意匠やサイズで、単焦点といった機能のカメラはありません。 カメラの歴史の中では意外に唯一無二のシリーズなのです。 それで、思わず三台も買ってしまいました。五台十台お持ちのファンが、沢山いらっしゃって驚きました。

      このミニ&オールドカメラですと、出来栄えはもう完全に「自分次第」です。 もともとの機能が無くて、写りだけ。しかも、快晴下でなければ色彩も表れないような制限だらけの物です。
      『あなたはこれで何をどういう風に撮りますか? このカメラをどう使いこなしてくれますか?』とカメラから問いかけられているようです。 でもそれがかえって、私自身を奮い立たせてくれるような気がしています。

      よい週末をお過ごしください。

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  7. ✿⊱°•


    Super lindo!!!
    Bom domingo! Boa semana!
    ¸.•°✿✿º°。

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  8. ほんとに見事な桜ですね。50年というのがもう?!にも思えるし、まだ?!にも思えます。カメラってそういうものなのですね。ほんとに何でも奥が深いですね。カメラに使われるのではなくて、カメラを使うという、その域には達せそうにはありませんが、せめてカメラの力を借りて、何をどう撮りたいのかすこしでも考えながら撮っていけたらと思います。

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    1. 枝垂れ桜は、淡い桃色がゆったりとそしてふわふわと揺れている姿がなんともいえません。 剪定されていないところが、素朴なお寺らしいと思います。
      このひと時は空気のように軽く感じますが、50年というと重みがあります。 
      結局のところ、時間が全てを押し流してリセットし、そして、忘却という解決へと導くのかもしれません。

      時間が経って道具はますます便利になっていますが、胸を打つ写真が比例して増えているかというと、案外そうでもなく・・・。
      まずは、被写体の存在と、それを見出す自分の心の目がまずありきのような気がしています。
      ボディをとっかえひっかえ、レンズをあれこれ買い増ししていた頃には決して見えず、感じもしなかった自分に漸く気付きました。
      いろんなまとわりついているものを削ぎ落として、さらに落として身軽になって他に何もいらなくなって、感じはじめたのかもしれません。

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  9. 訪問する機会を逃していましたが、いつもながら堂々たる写真ですね。いい機種がほしいなどとも、使いこなせないから止めようとも思ったりしているのですが、やはり目と腕なんですね。コメントありがとうございました。

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